★「対馬の町長の質問」(2021年10月28日)

 

「大臣、我々はそんなことを聞いているんじゃないんです。何時間で何名来てくれるのかということを聞いているんです!」
私は、思わず食べていたものが喉に詰まりそうになった。そして和やかだった昼食会の空気は一変し、弓のようにピーンと張りつめた。

 

これは、平成7年(1995年)、当時のT防衛大臣が、長崎県の対馬に所在する自衛隊の部隊を視察された際に、私も航空幕僚監部総務課の幕僚として随行した際の話である。

対馬は、韓国と九州のほぼ中間に位置する国境の島である。そして、僅か50キロメートル北には韓国があり、夜は天気が良ければ釜山の街の灯がはっきりと見える。そのような国防の最前線の島であるため、陸、海、空自衛隊のそれぞれの部隊が24時間、365日、警戒監視の任務についている。

 

視察当日は、対馬で最も大きい町、厳原にある飛行場に、防衛大臣と随行者が降り立った。そして対馬にある5つの町と村(町村合併前)の首長さん全員が集合され、「T防衛大臣を歓迎する昼食会」が催された。私も末席に座ったが、当然和気藹々のうちに終わるとばかり思っていた。
 しかし、昼食会が終了する間際に、一人の町長さんが手を挙げて質問された
「ところで防衛大臣、一つ質問があります。我々は元寇の昔から、朝鮮半島で何かあると枕を高くして寝られないんです。必ず対馬にも影響がある。難民が来るかもしれない。それもただの難民ならいいが武装難民かもしれない。その時は自衛隊は何をしてくれますか?」

 

元ラグビー選手で堂々たる体格のT大臣は、すかさず胸を叩かんばかりに「まかせてください! 自衛隊がしっかりやります、心配しないで下さい!」と力強く答えられた。
すると、その町長は語気強く怒ったような感じで言われた。それが冒頭にも書いた「我々はそんなことを聞いているんじゃないんです。何時間で何名来てくれるかということを聞いているんです!」という質問であった。
 その場にいた皆が一斉にT大臣を見た。大臣の顔色がさっと変わった。「自衛隊はいざという時のために、実際に計画を持っており、そういった場合は直ちに陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊が出動します」と、大臣が計画の概要を説明したところ、やっとその町長は納得された。

 朝鮮半島から遠く離れた東京などでは想像もつかないことであるが、対馬の人々は、不安や危機感を持って生活をしている。
この時に私は、国境の島の人々の自衛隊に対する大きな期待をひしひしと感じた。この感覚はそれまで感じたことのないものであった。

 

更にこれには後日談がある。この時から数年経った頃、T元防衛大臣が、都内某所で講演をされ、私はたまたまその講演を拝聴する機会があった。その講演の中でT元防衛大臣は「対馬の町長の質問」の話もされた。T元防衛大臣にとっても強烈な体験だったのだなと、当時のことを思い出して感慨深いものがあった。30年近く経った今でも忘れられない「対馬の町長の質問」である。

 

 

★「体験入隊に参加した高校教師」 (2021年5月25日)

 

これは「人は異なる体験をすると、
意外なことに気がつく場合がある」という話である。

 

自衛隊の「体験入隊」は、
一般の方に二泊三日程度の日程で訓練や隊内生活を体験してもらい、
合わせて自衛隊の実際の姿を広く知って頂く制度である。

 

そしてその体験入隊の代表的な内容が「教練」である。

 

教練は「気を付け」「敬礼」「行進」といった
基本的な動作を身につけるための訓練である。
通常、十名程度を一個分隊として、自衛官の教官の指導の下、
各分隊ごと、号令をかける指揮官と、分隊員の役を交代しながら実施する。

 

私が埼玉県にある熊谷基地の司令であった平成十四年(二〇〇二年)にも体験入隊を実施していた。
そして体験入隊が終わるといつも参加者に簡単な感想文を書いてもらうことにしていた。
その後の体験入隊の参考にするためである。

 

 

ある時、某高等学校の若手教師の皆さんが体験入隊を行ったが、
その時のある教師の方の感想文が今でも私の記憶に強く残っている。

 

その感想文にはこう書いてあった。

 

「私は、自衛隊で初めて教練を行いました。
教練では指揮官と分隊員の両方の役を交代で行いましたが、そこであることに気が付きました。

 

それは、日頃、
教師として生徒を指導していく上でうまくいかない場合は、
生徒にやる気がないとか、生徒が良く聞いていないとか、
生徒の側に原因があるとばかり思っていましたが、
今回、分隊員の役もやってみて、うまくいかないのは
指揮官が号令をかける時の声の大きさや、号令をかけるタイミングなど、
指揮官の側にもかなりの原因や責任があることが分かりました。

 

教師をやっていて、指導者の立場は十分に分かっていたつもりですが、
大事なことを見落としていたことに気が付きました。(以下略)」

 

教練は本来「気を付け」「敬礼」「行進」といった基本的な動作を身につけるための訓練であるが、
この若手教師の方は、「教練」を通じて
「人を動かす」という「リーダーシップ」の本質をも体得されたのだと思う。

 

また体験入隊を実施する側の我々にも大事なことを再認識させてくれた感想文であった。
今でも忘れられない体験入隊の感想文である。

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